社会人二年目という、地獄の時代

人生

どうも、うきっコです!

今回も社会人になってからの事を書いて行きます!

社会人二年目

二年目になると、店舗での業務もある程度分かってきます。そうなると、大体の仕事って楽しく感じられるはずなんですが、僕は一切楽しくなかったです

メガネ屋って、メガネを扱う他にも補聴器とかも扱っていたりするんですね。これが本当に面倒くさかったです。メガネ屋なのに、早朝に集まって補聴器の勉強会とかしてるんですよ?おかしいですよね。

寝不足だし興味ないしで一切頭の中に入ってこなかったです。それでもたまに補聴器目当てのお客さんとか、既に購入しているお客さんの補聴器の調整とか掃除とかするから出ないわけにはいかなかったんです。

そして二年目で一番大きかったのは、色々な店舗を回った事です。こう書くと経験が積めて、たくさんの先輩やパートさんと話して成長出来るイメージがありますけど、そんな事は全くありません。

少し考えてみて欲しいんですが、「色々な店舗を回る」という事は、それに合わせて場所を変えるという事です。

今日はこの店舗、明日はこの店舗、明後日はこの店舗……。

毎日毎日職場が変わり、それに合わせて生活リズムも変わる。ストレスしか無いですよね?

特に僕が住んでいる所は、大阪・神戸・京都ならある程度行けるからか(それでも最大二時間くらいかかります)三つの地区にも行かされました。我慢してきた結果「あいつは文句も言わないし、どこにでも行かせられる都合の良い社員」と思われていたでしょう。

ここでどうしても忘れられないエピソードがあるので吐き出させてください。

毎年健康診断があり、全社員はそれを受けなければいけないのですが、その日に休みを合わせるようにするんですね。有給なんて使う思想が全く無かった僕は(会社側からも有給を使って、等とは言ってきません)、健康診断日に休みを調整するよう頼んでおきました。

そしてその休日の前日、エリア長から電話がかかってきました。

エリア長「あ、もしもしうきっコ君?明日〇〇店に一人休みが出て、そっちに行ってもらいたいのよ」

僕「え、いやでも、明日は健康診断で休み取っているんですが……」

エリア長「あー、じゃあしょうがない!」

僕(そりゃそうだよな)

エリア長「健康診断終わったらまた店舗戻って!」

僕「!?」

今でも異常だと思うし、思い出すたびに怒りに震えます(笑)。

休みなんですよ?健康診断なんですよ?事前に知らせているんですよ?なのにその日はほぼ通常出勤です。給料が発生していたかも怪しいです。

休みと言えばなんですが、全社員休みは固定ではありませんでした。週ごとに変わっていて、どの曜日も休みの可能性がありましたし、(一応週休二日でしたが)連休になる事は滅多にありませんでした。なので、前週が日曜休みだった場合、次週の月火が休みなら三連休となります。しかし、こうなると次次週の休みが土日となると10連勤となります。

どんな日程だったか忘れたんですが、僕は最大14連勤した事あります(笑)。

なので予定なんて立てられませんでした。今なら有給を使いますが、あの頃あの会社では、それが出来る空気ではなかったのです。

社会人二年目 京都時代

二年目でもはっきりと覚えているのは京都の店舗へ行ってた頃です。

四条河原町という所に店があったんですが、とにかく人が多いんですよ。忙しいときはずっと忙しい店舗でした。大阪エリアから京都に行くっていうのはほぼ左遷みたいなもので、誰も行きたがらないんですよね。だから都合の良い社員である僕が行かされました

最寄りの駅から特急に乗って三十分ほど。他の店舗と違い、そこは何階にも分かれる大きな建物でした。一階は普通の売り場、二階はブランドなど高いフレームが多い売り場(こちらで接客・検眼も出来ました)、三階には眼科(コンタクトレンズのお客さんはここに案内されます)、四階は何も無いんですが補聴器の調整などを行う場所でした。五階が最上階だったと思うんですが、ここにトイレとスタッフルームがありました。そして地下一階が検眼とメガネの加工をしていました。 ※検眼=視力検査みたいなものです。眼科でもよくやるアレです。

営業時間は通常店舗と異なり10時~20時。帰り着く時間は22時前でした。

帰って寝るだけ。朝は8時前には家を出ていました。その店舗以外にも京都の店は色々行かされました。

ずっと嫌でした。社会人になってからずっと。働く事がこんなにも自分を殺す事になるなんて想像していませんでした。それでも我慢してしまっていました。僕だけじゃない。皆しんどいんだ、我慢してるんだ。そう思ってました。

社員同士での助け合いなんてものも、そんなものはありませんでした。心配なんて誰もしてくれません。心配されたところで地獄から抜け出せるわけでもないですし。

とあるベテランの先輩社員にいたっては「自分を守れるのは自分だけ、誰も守ってくれない」なんて言ってました。それがどういう意味なのかは理解しきれませんでしたが、「じゃあどうすれば良いんだよ」と思いました。

社会人二年目 不良社員として学んだ事

ここまで読んでいただけたら分かると思いますが、僕は不良社員でした。向上心も無ければ、会社への忠誠心もありませんでした。お客さんが来れば憂鬱になりましたし、お客さんが来ない時間はケータイをいじって時間を潰していました。

ただ……学んだ事も一応あって。

この頃に、「さっさと帰る」事を覚えました

不良社員ですから。そりゃあさっさと帰りますよね(笑)。

ただ、これは大事な事で。早く帰るためには何をすれば良いか考えられるようになったんですよね。僕がやっていたのは『閉店一時間前に売り上げ報告を作る』『閉店30分前に外を片付け始める』。そういった事をしていました。お客さんがいればそれも叶いませんが、いない時にボーっとしているより効率的ですよね?

これだけで、閉店時間ちょうどに店を出られるようになれました。

多くの店舗を回っているとそれだけ先輩社員とも会うんですが、周囲が「不良社員」と評価している人ほど仕事はやりやすかったです(笑)。思考が似ているんだから当たり前ですよね。

しかし、そういういわゆる「不良社員」と呼ばれる人が、不真面目かと言えばそうではありませんでした。愚痴は言うけど接客はちゃんとしていましたし、早く帰る方法もこういった人達から教わりました。

仕事における力の抜き方の様なものを、ようやくここで会得出来たのかもしれません。

ただ、そんなものではどうしようもないほど、この頃の僕は疲労ストレス人間関係で追い詰められていました。

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